Chihi’Log

物語の主人公はいつだって自分だ

人生のコンパスは私が持つ

 

自由に、自分が在りたいように。

 

そんな生き方が自分の中で定着したのはつい最近のこと。

 

 

 

長いこと誰かのせい、何かのせいにしてはそこに理由を置いてきた。

 

例えば、「あの人がこう言ったから私はこうなった」だとか「あの出来事のせいで私はこうでしか居られなくなった」とか。今思えば、苦しかったんだと思う。何か原因を探したかった。理由を作りたかった。そうしたら、自分は少し楽でいられた気がした。だって、私のせいではないから。

 

そんな小さいようで大きな苦しみ。

苦しいけど、確実に私を生きやすくしてくれたきっかけとなる。

 

 

私は自分の人生に責任を持つのがずっと怖かった。

大人になるとそれは必然的にやってくるし、それが大人になるということ。誰もが通る道。仕方ないといえば仕方ないし、楽しいと言われれば楽しい面ももちろんある。

 

絶望なことがあっても人は立ち直る、いうことを今なら言い切れる。私は幼かった。幼くて、このこころじゃとてもじゃないけど背負いきれない、と思うことも多く。言い換えれば、逃げる方法の一つだったんだと。

 

どこかのタイミングで私はこの考え方を変えなくちゃ、と思った。

 

それは自分の気持ちや態度を素直に表すことができてきた頃のこと。

「いつも何かのせい、誰かのせいにしていたのは私だった。」素直にそう思った。気付いていたけどそれを言葉にするのにも勇気が必要だった。でも言葉にしたら、もう変わるしかなくなった。

そこで自分が準備していたことにも気がつく。自分の人生を生きるために自分を愛したり大切にしたり、意見や気持ちを伝えたり、このブログだってそうだ。なんだ、色々やってるじゃん!となった。一気に過去が遠く感じた。意味を持って切り離したんだと思う。

 

 

自分の人生は自分のもの。そう言いながらどのくらいの人が人生に責任を持って生きているだろうか。

そんなことを言いつつ、「自分で生きる!!」と決めたら、なんだか生きやすくなった。これが大人というもの?自分で決めて、自分の思うようにして。私が選んでいいんだ。そう思ったら人生の幅が広がったような気がした。

 

 

 

人生の旅に出るなら、コンパスは私が持つんだ。

行きたいところへ、音が聴こえる方へ、心躍る方へ。

 

描く未来は、私がコンパスを持つから道が開ける。私は悩み、もがき、立ち止まりながらも、自分のコンパスを信じるだけ。私が進みたい方へ歩むだけ。

 

私が信じたい未来を創るんだ。

 

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Cは描く

 

 

CHIHIRO