Chihi’Log

物語の主人公はいつだって自分だ

母から私へ、私から君へ

 

月を見上げる
涙を堪えた帰り道も、
逃げ出したくなった日も、
つらくて仕方のない一日の終わりも、
変わらず私は月を見上げる

 

「見て、月が綺麗だねぇ。」

 

布団の中で母が目を輝かせながら呟いた
十八才にもなって母の隣で寝ていた
今思えば恥ずかしい話だ

 

当時の私はといえば、
母の隣で寝なくてはならないほど
心が冷え切っていた
毎日が冷たい風に吹かれているようで、
その日々から逃げ出す方法を
大人になれない心は
必死に探していた

 

「すー、すー…」

 

母の寝息が聴こえる
母の体温で冷え切った体が
あたたまる
忘れかけていたひとの温もり
心がホッとした

 

安心したら
涙が溢れた
手のひらでは拭いきれない
まるで心の中まで涙が流れているよう

しばらく涙に身を任せていた
思うままに流した涙を手のひらでこすり
潤ませた目を窓の方へ向けた

 

月が、とても綺麗だった

 

暗い部屋
静まった町
星が僅かにしか見えない都会の夜空
その中で
あたたかく輝く月

綺麗なものを綺麗と思える心は
こんなにも美しかった
涙で潤んだ私の瞳が輝いていく
母が目を閉じる前に
一緒に見上げたらよかったなぁ
そう思いながら
私は深く呼吸をした

 

二十二歳になった今でも
月は沢山の美しさを教えてくれる
仕事で泣いた帰り道
何もかもが嫌になった日
疲れ果てた一日の終わり
歳や生活が変わっても
変わらない誰かや何かが在るということは
生きる上での美しさだ

 

母が見上げた綺麗な月
私が見上げた綺麗な月
今夜は誰が見上げるだろう
どんな気持ちで
どんなところで
何を感じながら
見上げるだろう

 

月を見上げる
涙を堪えた帰り道も、
逃げ出したくなった日も、
つらくて仕方のない一日の終わりも

 

今日も私は
月を見上げる

 

 

 

 

3年前、当時の仕事を辞めたら

すっからかんになり

「何か残そう」と思って

公募ガイドを購入し

応募した作品です。

 

今でもこの作品の中の

大事な言葉たちが

私のこころを温めてくれる時があります。

 

大切に、していきたいです。

 

 

2021.05.09

CHIHIRO